僕がその業態を知ったのは2016年頃に「ヤドカリカレー」という言葉を聞いたのが最初かと記憶しています。
ヤドカリカレーとは、カレー激戦区でありスパイスカレー界を今も牽引している大阪において、間借りという形で営業していたお店を、宿を借りるヤドカリにちなんでそのように呼んでいた時期があったのです。現在では間借りカレーと呼ばれることの方が増えましたが、2016年くらいまでの特に大阪エリアではヤドカリの言葉の方が使われていたような印象です。
閑話休題。
飲食店は開業するのに多額の費用がかかります。しかし間借りだと敷金も礼金もいらず、お店をそのまま借りるだけなことと、家賃も通常借りるよりは確実に安いです。だからこそ開業しやすく、冒険できるという利点があります。
通常お店を営業するとなるとマニアのみに向けたお店を作るのは難しく、一見客や一般層にもある程度満足してもらえるような味にして、所謂一般受けを狙わないとなかなか商売が成り立たないのですが、間借りならマニア客だけでも成り立つので一般受けを度外視して自分が面白い、美味しいと信じるもので勝負することができます。ある意味で料理としては邪道のものでも、大阪は面白くて美味しければそれで良いという土地柄。だからこそ大阪では間借りカレー文化がいち早く花開いたのでしょう。
多くのお店が間借りで人気を博し、行列店となり、その後独立するという流れがありました。それが一つの成功法則と言っても良いくらいに、間借り出身で人気店となったお店は枚挙にいとまがありません。
東京でも間借りというスタイルは昔からあったのですが、大阪の間借りカレー急増と、スパイスカレーの大きな波を受けて少しずつ増えてきたのが2016年頃のことでした。その後僕が2017年にTBSの人気番組「マツコの知らない世界」に出演。当時ディレクターさんから「カレーで番組やりたいんですが今盛り上がってるカレーのジャンルとかってあるんですか?」と聞かれ、「ジャンルではなく業態なんですが、間借りカレーというのが増えてきていて、面白いお店が多いです。」と話したらそれが採用され、間借りカレーの世界をプレゼンすることになりました。
人気TV番組の影響力は凄まじく、その後どんどん間借りカレー店は増え、今では数えきれない程にお店の数があります。
東京はお客さんの分母の数も多ければ、家賃も大阪と比べると相当高いこともありますし、東京の土地柄的に面白いということよりも正しいということが尊重されるという部分があります。インドカレーはこうあるべき、タイカレーはこうあるべきと、正しさを追求する方が少なからずいるのです。
よく言われるのが、「『美味しい』が一番に来るのは東京も大阪も同じだが、東京は美味しいの次に『正しい』が重要視され、大阪は美味しいの次に『面白い』が重要視される。」というもの。
このような土地柄もあって東京ではなかなか面白さを出しにくい中でも、しっかりと面白さを出していたお店を当時マツコの知らない世界でご紹介しました。以下、番組でご紹介した5店舗の面白さと、今の状況をまとめてみます。
ケニックカレー
「ケニックカレー」はカレーと魯肉飯をあいがけにした元祖的存在であり、アイドルやモデルが店員を務め、アパレルにも力を入れているという個性があります。カレーのみならず、そこから生まれる様々なものに対する面白さを感じるお店です。現在は渋谷の一等地で独立し、相変わらずの人気を誇っています。平日昼だけ
「平日昼だけ」は東高円寺のアンティークショップで間借りという独特の雰囲気でした。現在は荻窪に移転し、雰囲気はガラっと変わったものの、カレー自体が和食としての出汁カレーという他には無い個性があります。トッピングも進化して、当時のままではなく魅力が増しているのが素晴らしいです。青藍
「青藍」は間借りで人気を得て独立したお店の代表としてご紹介したのですが、激戦区高円寺において相変わらずの人気ぶり。注文後にスパイスをテンパリングするところから作りはじめ、様々な個性的な副菜が乗るヘルシーなカレー。土日は整理券も出る程の人気店です。ヨコハマシャリランカカレー
「ヨコハマシャリランカカレー」は横浜中華街の寿司屋を間借りし、寿司のシャリを使ってカレーを作っているという、個性が凝縮したようなお店でしたが現在は休業中。しかしこれも人気がなくなってやめたわけではなく、むしろ人気が出すぎたことによって疲れてしまった部分と、やりきった部分があってやめたと言える形です。堕天使かっきー
「堕天使かっきー」は間借りカレー文化がいち早く花開いた大阪代表としてご紹介しました。現在も阿倍野を代表する行列店であり、全国のカレーイベントにも飛び回って様々な地域で出店しています。しばらくは全国の面白いお店や人と面白いことをしたいということから、独立はまだ考えずに間借りの状態でやれることをもっとやりたいとのこと。こうして見ると、やはり間借りでも注目されるお店や人気が出るお店には個性があるのです。カレーに個性があったり、スタイルに個性があったり、その店主さん自身に個性があったり。
しかし、最近のスパイスカレー、間借りカレーのお店を見ると、個性が弱いと感じるお店が少なからずあります。味は良くても、何か面白くないと感じるお店が増えてきました。
どこかで見たようなカレーにどこかで見たような副菜、どこかで見たような盛り付け…
これでは面白くありません。
間借りカレー店を営む皆さん、そしてこれからやろうと考えている皆さん、もっと冒険してみませんか?
東京では冒険しにくい理由は先述した通り理解しています。しかし、様々な間借りカレーのお店を食べている僕から見ると、冒険したお店が生き残り、人気を得て独立しているように感じるのです。 例えば最近間借りから独立したお店で思い浮かぶのは、関内の「スパイスドランカーやぶや」と田原町の「ガヤバジ」です。スパイスドランカーやぶや
スパイスドランカーやぶやは浅草の間借り時代から間借りでありながらコース制で、店主さんの人生を感じるような独創的なスパイス料理と南インドカレーを味わえるお店でしたが、間借り店閉店後に日本酒バーでさらなる修業を積み、コースに日本酒とのペアリングを合わせるという、より強い個性を持って帰ってきました。最高のコースであり、今後の首都圏カレー界隈にも大きな影響を与えそうな存在となっています。ガヤバジ
ガヤバジは西インド料理に特化した個性と本格的なその美味しさで人気となり、独立開店初日は早々に売り切れるほどでした。独立後は朝から営業しており、朝カレーが食べられるというのも嬉しい点です。どちらのお店も、他のお店がやっていないことをやっています。だからこその独立であり、成功なのです。
コロナ禍によって飲食業界も大打撃を受けていますが、カレーを出すお店は相変わらず増え続けています。その中で勝負するとなると、どこかで見たようなカレー、どこかで見たような味ではもう物足りないのです。ちょっとやそっと美味しいくらいでは埋もれてしまうのです。
もちろん今も間借りでありながら強い個性を持ったお店も存在します。大久保の「カリーザハードコア」、新宿ゴールデン街の「東京コロンボ」、大森町の「昼飯屋」、新宿の「極哩」などは、それぞれ他のお店には無い個性的な看板メニューがあり、味も良く、僕自身大きな期待を寄せています。
だからこそです。もう一度言いましょう。もっと冒険してみませんか?
冒険する余裕などないのであればまだ今は動く時ではないということです。間借りは始めるのも簡単ならやめるのも簡単です。うっかり始めてみたものの、お客さんがなかなかつかない。味は良いはずなのに… というお店は、冒険が足りないのだと思うのです。一度休んで、今回名前が出てきたお店を全て食べてまわるのも良いでしょう。そしてどこともかぶらない面白くて美味しいカレーができるようになったその時、このカレーで冒険しようと決心が固まった時、また間借りからスタートしてみれば良いのです。間借りカレーだからこそ生まれる新しくて面白いカレーが僕は大好きです。
そんなカレーに出会いたいと、常々思っています。
カレーは自由なのですから!